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Chuck Miller

私は正確にいつからヨガに興味を持ち始めたのが分かりません。とても早い段階からその欲求は存在していたように思えます。恐らく多くの人にとってそうでしょう。何が私たちに語り掛けているのか分からなくても、その感覚ははっきりとあるものです。その呼びかけに答えるように私たちを動かすものが興味深いのです。私たちはそれ以上呼びかけを無視できなくなります。
小学4年生の時、私と親友は何らかの理由で、パドマーサナ(蓮華座)で座ろうと決意して挑戦しました。最初は簡単ではありませんでしたが、何度も取り組みました。そもそもなぜそんなことを思いついたのか見当もつきません!『Madマガジン』でしょうか?(笑)(※訳注:1952年から刊行されているアメリカの風刺雑誌で、日本では赤塚不二夫が影響を公言している。)
数年後、高校生になり、私は60年代の同世代の若者と同様、自分の済む世界に不満を抱えていました。別の生き方、成長の仕方、そして人間として進化するための方法を探っていました。私は生まれついた宗教に共感することができず、鈴木大拙、鈴木俊隆、アラン・ワッツ、ヘルマン・ヘッセ、チョギャム・トゥルンパといった東洋思想に関する書物を読み始めました。私は早い段階で、貪欲に学ぶようになりました。

1971年、17歳の時に、私と友人の一人は、地元バーモント州・キリングトンの小学校で行われた超越瞑想の公演を聴きに行きました。そこはニュー・イングランドのグリーンマウンテンに位置するとても小さな田舎町です。講師は、思考がどこから来ているのか追っていくこと、その思考は私たちの意識にあがってくるまで、何層もの気づきの層をくぐってきていることを語っていました。そして思考の根源に辿り着くことは可能だとも話していました!世界を見抜けるようになるために、思考の根源に反応し、外側の殻ではなく根源から考えられるようになるために。条件づけられ、偏った皮肉な思考に捕らわれることなく、より深いところから行動を起こせるように!彼らは翌日、見返りに35ドルの短期コースと、個別に与えられるマントラを売ろうとしました。
私はコースには行きませんでしたが、その概念に魅了され、裏庭の岩の上で練習し始めました。それは私にとって素晴らしい経験でした。だんだんと頭の中の色々な声も、すべて自分の声であると気づき始めました。私は自分自身に話しかけていたのです。この自分自身の声を、人々は精霊や神の声だと思ったり、あるいは自分が狂っていると思ったりしているのだと気づきました!私は『声』が『どこから』来ているのか理解し始めました。それはとても深く、古代にさかのぼります…
その年、しばらくしてババ・ラム・ダスによる『Be Here Now』という本を見つけました。この本には自分が日々行っていたシンプルなプラナヤマ(呼吸法)やアーサナの実践が含まれていて、私は夢中になりました!この本は私が苦労していた多くのミッシング・リンクをつなぎ、題名の「今、ここにいる」は私のマントラとなりました。

1974年、BKSアイアンガーの『ハタヨガの真髄』を見つけました。この本の序文は、それまで読んだ中で最も強烈なものでした。私は本に書かれた練習に取り組み始めました。当時は週間のプログラムと、ポーズの写真と、解説とかすべて別々の箇所におさめられていました。複雑すぎる!今の改訂版ではより使いやすくなっています。
私はこの本を常に持ち歩くようになり、バックパックには専用のポケットを特別に作りました。本は複雑でしたが、意欲的だったので、3年かけて35週あたりまで進めました。私は自分の学びが遅いと思っていましたが、後に同じことに挑戦した人たちと話すと、なかなかよくやっていたことが分かりました。

1980年、アイアンガーと同じ師の元で学んでいるということに興味をもち、私はシュリ・K・パタビ・ジョイスに会いました。私の先生は誰なのか、と聞かれた時、私は「本だ」と答えました。何の本なのか尋ねられ、『ハタヨガの真髄』であると答えると、「ああ、君はアイアンガーの生徒なのか!」と言い、私がアシュタンガヨガを練習し始めた最初の1ヶ月間はそう呼ばれ続けました。私は何年にも渡り彼の元で集中的に学び続け、彼が死を迎えるまで断続的に学んでいました。

1988年、私はグルジ(※師。パタビ・ジョイス)より、プライマリー・シリーズを指導する了承を得て、ヨガルームに押しやられたので、アシュタンガ・ヨガを指導し始めました。同じスクールの同じ時間帯で、17年間指導しました。多くの生徒が何年にも渡って訪れ、素晴らしい経験でした。生徒にとってもそうであったことを願います。
そのスクールを売り払い、ハワイ島に移った後、世界中の様々な地で指導する招待を受け入れるようになりました。
アシュタンガは十分に力強く、綿密な吟味にも耐えられるくらい内的な統合も伴っているという確信を持ちながら、同時に私は様々な指導者と共に学び、自分自身のマットで彼らの教えを試しました。これは今でも続いていることです。私はどの素晴らしい流派の実践にも、深い領域において共通した内側の真実があることに気付き、流派間での相違は「語義の違い」と呼ぶようになりました。

現在、私はどこにも存在する共通項を『サマ』と呼ぶことを好んでいます。
哲学と実践の共通項を見つけることは私の実践と指導に、教えをもたらし続けています。

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